スモールトーク

小さなバージニア鉄道

 いま想えば、きっと車を作っていたに違いありません。よく叔父はブリキの車をお土産に持ってきてくれました。墓参りなどで実家に帰っても叔父は父と一緒に我が家で飲んで過ごすことが多く、そのたびに何か買ってきてもらい、外れることなく全部が嬉しいものでした。阪急マルーンのバージニア鉄道はデッキとパンタグラフが付いていたので電気機関車だったのでしょうか。シルバーにストライプのグレイハウンドバスは当時の北陸鉄道の路線バスの記憶にオーバーラップしています。黄色いボディに日の丸が鮮やかな日通のオート三輪はミツビシがモデルだったのかも知れません。どれも、壊した覚えがありません。どこか大事にしまってあるような気もしますし、いままで片付けておく場所など有るわけがないとも思います。まだ動力は乾電池を使わずゼンマイを巻いて走らせる時代だったので、もし何処かで無事に見つければちゃんと動くはずです。グレイハウンドバスはアメリカ各地をつなぐ長距離バスで、アメリカの安旅を象徴する路線バスは映画の背景に映ったり、チャックベリーのリズムアンドブルースに歌われたり、そのポジションを知ったのはずっと後になってからでした。格安の長距離バスで大陸横断などできれば面白そうですが、時間と体力が有り余る時期にしかチェレンジできません。国内の夜行バスで満足するのが無難なようです。バージニア鉄道というのはアメリカで石炭を輸送していた鉄道で60年以上前に別の鉄道会社に合併されていることが分かりました。私の記憶が摺り替わっている心配があるものの、バージニア鉄道は当時の新しい技術で造られた鉄道で、新規のインフラを用意してライバルの大鉄道会社の妨害にも拘らず効率的に運行し、「世界でいちばん豊かで小さな鉄道」と言われた鉄道会社です。山岳地から平原を抜け港まで軌道を有するバージニア鉄道は蒸気機関車・電気機関車・ディーゼル機関車を備え、既に会社が合併された後から私に電気機関車が与えられたことになります。この伝説めいた鉄道は何十年もの間ずっとファンやコレクターを引き付けていて、叔父は私にその末席をチラ見させてくれたのです。謎はオート三輪、高倉健だったか菅原文太だったか三輪貨物で暴れまくるワンシーンの記憶が在って、これがマツダのオート三輪だと訳もなくしっくり落ち着くのが私の印象です。ただ、心騒ぐのが新三菱という会社名で、叔父がここで車を作っていたと考えると、日通のオート三輪貨物はちょっとした自慢だったかも知れません。狭い田舎道の道幅いっぱいに荷台を満載にしたオート三輪が走り抜け、グレイハウンド風ストライプの車掌付きボンネットバスが難儀してすれ違っていた頃のことです。