スモールトーク

カッパのいない川

 いつまでも梅雨空が晴れず、九州からも東北からも豪雨と水害の報道が続いています。上流に降り続いた大量の雨が一気に河川に流入して、行き場のなくなった雨水を抱え込んだ河川が中流域で氾濫してしまうという形の災害です。石川の浜筋の海岸線沿いが生活圏で通勤のために一級河川の河口部を二か所も渡らなくてはならない身からすると、上流で起こる大量の降雨やダムの放流は体感する気象に一致すると限らず、経験的にも天候が穏やかさを取り戻してから濁った水が川幅いっぱい流れることがあり、観天望気の心がけを持ち気象情報に注意しながら行動する意識を高めるべきと考えています。今の生活圏ではここ百年近く大きな河川の洪水がなく、ダムなど治水が行き届いて、かつて水が漬いたと言われる地域でも宅地の開発が進んでいます。管理された水が流れるエリアは限られ、普段はマムシなどの怖さもあってなかなか河原に降りる機会はないのですが、久し振りの晴れ間を見て手取川河口近くの堤防を越えて河川敷に入ってみました。薮を超えた先には大石や流木が転がって隙間に花が咲き、頭上には幾つもの鳥が飛び交って茂みに飛び込んで啼いていました。呑めるだけの餌を呑み込んだのかユサユサと羽ばたく鷺の前を猛スピードで飛び回る大きな燕やら、草藪に巣があるのか上空で雲雀のように賑やかに鳴く鳥たちの間を縫って静かに急降下してくる小型の猛禽やら、双眼鏡を準備していれば退屈することなく日が暮れるまで時間を過ごせそうなパラダイスでした。この扇状地には湧き水や小河川そして用水路が走り、かつては多くの生き物がいたようです。子供のころに聞いた話ですが、祖母がいた村の近くを流れる川にはカワウソがいて人が通ると悪戯をされたそうです。暗い夜に川沿いの道を歩いていると知らぬ間に川に引きずり込まれて身ぐるみはぎとられ、朝になって気が付くと村に帰って来た若い衆がいたのだそうです。カッパの住まない土地ですが、そのころの川にはまだカワウソがいて、町で遊んで朝まで帰らない若い衆はカワウソのお仕置きで済んでいたのかも知れません。しかし、いい年をした男が朝帰りしてカワウソのせいにするようになると笑いものにされるだけで、誰もカワウソを知る人がなくなりカワウソの悪戯もなくなったそうです。増水のたびに河原の生き物を流しながら新たなものを運んでくる河口のパラダイスには誰も知らない沢山の物語が隠されているようです。

2020年7月21日