スモールトーク

埃まみれの魔除け

 魚屋の店頭に大きなイワシが皿に盛られていました。胴が太くて旨そうに見えましたが、直ぐに家に帰るわけにいかず、かごには入れませんでした。ここ暫らくイワシは質のいいものが豊漁で、群れが浜に打ち上げられたりしたこともあり地震の心配まで出ています。煮ても焼いても旨いと思うのですが、我が家のスタンダードはナンバを入れて醤油で煮て食べます。小鰯なら骨が分かれるくらい湯に通して酢をかけると酒飲みの肴になります。私は酢を選べないので、なかなか家では食べることができません。それで、少し大きめのを普通に煮て食べるのです。イワシに限らず、どんな魚もナンバが入ればハズレはないようです。サバのソロバンというかぶつ切りでも、カレイでもアカラでもコゾクラでも、魚でなくてもナンバで味が引き締まります。私の父親は熱めに燗した酒にナンバを入れて、これを銚子に一本ほど風邪薬のように飲むことがありました。どのタイミングで飲むと効くのか、体で覚えていたようです。私が真似しても安定した効果はなく、割とよかったのは、熱っぽいとき飲んで寝ると悪い汗を掃き出すようにすっきり目が覚めた程度です。でも、この「ナンバ」というのが大阪で通じなくて、今はどうか、唐辛子というと通るようです。ナンバを唐辛子というのは味噌汁をオミオツケというのと同じくらいに違和感があり、ナンバはナンバで、辛いだけでなく旨いものと思います。砂糖や味醂を使えば美味しくなるし、味噌やら生姜やら梅やらで生臭さを抑えることもあるようです。揚げたり焼いたりするならカレー粉も悪くありません。さて、ナンバですが、石川県では白山市の「剣崎ナンバ」が有名です。辛さが強くコクと旨味が特徴とされ、外見は長めのサイズで赤黒く艶やかです。昔は藁で結わえておいて要るときに抜くようにしていたのが魔除けとされ、見た目も引き締まりインテリアとして使えます。もしかしたら、虫除けとして実用性もあるかも知れません。ただ、子供の頃を思い出すと、簾のように編まれた赤黒いナンバに白く埃が積もり、自分の口に入れるには不安があります。これが囲炉裏の煙で燻されていた時代には、もっと別の楽しみ方があったのではないかと想像しています。青魚も値の張ることが多くなり、今のうちにイワシだけでも色々な調理方法で食べておきたいと思います。ナンバや大根にイシルや酢も身近で手に入る今のうち、大食いでもグルメでもないつもりですが、食べることに飽きるつもりもありません。

2023年2月28日