スモールトーク

室生川と土門拳

 取材旅行の途中で立ち寄った知人から、酒田の近くまで出ることがあったら是非とも土門拳記念館を訪ねてみるように薦められたことがあります。そのうちに…と思いながら、なかなかチャンスのないのが新潟の会津八一記念館と三沢にある寺山修司記念館、そしてこの土門拳記念館です。
 この夏、七尾の美術館へ土門拳生誕100年記念写真展が回ってきたので、ゲリラ豪雨の天気予報を聞きながら車を走らせました。「土門拳の昭和」とタイトルがつけられた写真展には、昭和10年頃から50年頃まで昭和の二ケタをほぼカバーする300点近くが展示されていました。目を引き剥いて睨みつけているような視線を感じるパンフォーカスの写真は、見ているだけでも疲れを感じるものです。それが土門のリアリズムであり土門の思想性なのでしょうが、初期のスナップ的なアプローチの方にも写真的リアリティが窺えます。宗派替えしたわけでもないでしょうが、スナップショットを追求していたらこれも面白いと思います。しかし、既にこちらにはライバル木村伊兵衛がいました。
 印象深いのは「古寺巡礼」として知られる一連の写真の中でも、特に昭和十年代に女人高野といわれる室生寺を撮ったものです。恩師に連れられて歩いた学生時代の個人的な想いも込めて眺めると、夏の室生川の写真は故郷の酒田を訪れることが殆どなかった土門のもう一つの故郷のようにも見えます。半身不随となった晩年、雪の室生寺を撮り納めとしたのが昭和53年、翌年には脳血栓で11年に及ぶ昏睡状態になったということです。

2010年9月20日