スモールトーク
極東のイスラエル
LGBTを扱うのかと思いページを開くと関東軍参謀の辻政信が登場します。梅雨明けを待ちながらセット買いを一気読みの安彦良和「虹色のトロツキー」。南加賀にいて辻政信という名に否定的な想いはありませんが、ここでは異様な性格の狂言廻しを引き受けています。石原莞爾が構想し辻も創設にかかわった満州新京の建国大学は日系・満系・鮮系・蒙系・露系の協和を謳い、アジアの志士を孵化させるべくここにユダヤ人トロツキーを招聘する目論見があったというのです。そして、スターリンに追われ極東に現れたトロツキーは本人だったのか偽者だったのか、真相を追う日蒙混血の主人公ウンボルトの役回りにも面白いところながら、話は満州国警備軍司令官ウルジン将軍を配するモンゴル国境ノモンハンへと展開します。辻は日中戦争を阻止回避して反共勢力をまとめ増員した満蒙の部隊でソ連を相手にしようと挑発、機械化され性能的にも物量的にも上回るソ連正規軍に完敗、ノモンハン「事件」と名付けられているものです。戦線の両翼を担う騎馬軍団は味方との通信を奪われ、連絡将校として騎馬で前線を通過する主人公は「他にどこか行くところがあるか」と覚悟を決め、辻は「今!世界の中心はここだ!百万の命も惜しまんぞ」と王道楽土の成就を叫びます。
極東のトロツキーを巡って展開するストーリーにリアリティーを感じさせるのが安江仙弘大佐の登場です。 レーニン(ウリヤーノフ)もトロツキー(ブロンシュタイン)もカーメネフ(ローゼンフェルト)もユダヤ名を持ちユダヤの陰謀と揶揄されたロシア革命も、スターリンの時代にはユダヤ=ブルジョアとしてユダヤ人が粛清の標的となりユダヤ教は反宗教闘争の対象として排斥を受け、ナチスの迫害を逃れてシベリア鉄道で満州ハルビンに辿り着くユダヤ人が激増するにつれ、その扱いは反共反ユダヤとはニュアンスが変わりつつあったようです。安江は「建国の本義である八紘一宇の精神を宣揚すべき」と説いて彼らの入国を認めさせたのです。これを支持したのが昭和20年停戦後も千島列島占冠島の部隊を率いてソ連軍との戦闘を続けた樋口季一郎中将であり、ドイツからの抗議に拘わらず東条英機参謀からも入国の了解を得ています。一方、満州にユダヤ自治国家を作るという「フグ計画」なるものが存在し、満州国の開発にユダヤの資金を投入しつつソ連を抑え込んでアメリカとの全面対立を回避するというプランであり、ここに安江が加わっていたのです。計画が成就していたなら、大規模な日米戦争には至らず、満州の地にもう一つか二つソ連か北鮮のような幻の国ができたのかもしれません。
2017年8月1日