スモールトーク
自動遠心クラッチにロータリーギア

金沢から金石に向かう電車が走っていたころ、まだ沿線には運転免許試験場があって、「観音堂に行く」というと免許証ということになっていました。運転免許試験場のそばでは代書屋さんが棚を拡げて、手際よく申請書を作ってくれた時代です。私が初めて運転免許証をもらったのはここの試験場でした。高校生になって最初の年、同じ生まれ月の同級生と一緒に原付の試験を受けに行ったのです。筆記試験だけで実地はなく、初めての試験に合格して運転免許は確実に取得できました。その後、自動二輪や普通自動車の運転免許を取得して原付免許が実質的に他の免許証に吸収されても、私の運転免許証には“原付”の表記がずっと残されたままになっています。とにかく、免許を取得すると運転したくなり、でも、父親の持っていたような単車には乗れず、少しは単車っぽい中古の原付がないかと探しました。原付免許で運転できるのは排気量50cc以下の原動機付自転車に限定され、選ぶほど多くの車がありません。家の近所の自転車屋さんの紹介で、ホンダのSL50というアップマフラーの4ストを手に入れて3年間乗りました。いま思うと、カブのエンジンを載せていたような気がします。驚くほどよく回り、燃費が良かったことを覚えています。誰もヘルメットを着ける人がいない時代、信号機が珍しい田舎道で速度超過は難しくありません。進学校の生徒ということでその場の注意だけで終わったり、交差点でワシを睨んだと言われて一旦停止違反になったり、無事とは言えないものの大事には至らず、初めての原付を進学で手放すまで大事な足になりました。来年から、この原動機付自転車という規格が大きく変更されるようです。技術的にもコスト面でも50cc以下のエンジンでは環境負荷を軽減できず、よりサイズの大きい125cc以下に規格を拡大することで排ガス規制をクリアできるということで、もうしばらくすると50ccのエンジンが消えてしまうのです。こうなると、最後にもう一度だけ乗ってみたくもなってきます。税抜き20万円強から手に入るカブには、ファイナルエディションが登場し、くまモンバージョンにハローキティまで用意されて、持っているだけでも面白そうに見えてきました。ただし、カブ乗りには当たり前でも、自動遠心クラッチにロータリーギアという変速機はスクーター並みに抵抗が有ります。ハイテクというか、高度技能というか、独特のガラパゴス的テクニックを身に着けるまでが年季です。これだからカブなのですが、自動でなくてもクラッチレバーできちんと切ればいいし、トップギアから一気にニュートラルにしなくても一つずつ落とせばいいし、片手で運転する必要もないし、…なんて面倒なものなのだろうと思ってしまうのです。もちろん、これに慣れるのが楽しみなので、50ccにこだわらず、110ccか125ccクラスのカブでも十分に面白く遊べます。これからも高速道路は走らせてもらえないはずなので、気候のいい時期には時間を作って下道を抜けながら、軽装のままレンジファインダーの写真機を首に吊るし、町の食堂で一服したらスーパーでお土産を探し、風が冷たくなったらモッズコートと前掛で防寒し、近場でカブを転がしながらコーヒーを沸かすような暮らしをしてみたいものです。