スモールトーク
輪島へ日帰りバスツアー

魚汁とイガラ餅を土産に輪島までのバスツアーから帰りました。魚汁はイワシのイシルとイカのイシリとそれぞれボトル一本づつ、内浦と外浦で呼び方に謂れが有るとか。イガラ餅は馴染みの黄色いもち米が貼り付いたやつで、能登に来るとエガラ饅頭となっているのは餅皮でなく粳米の団子物が本来だったのか、値段が上がっているのは奥能登支援価格だと思って買いました。焼け残った朝市の通りの一角でちゃんと売られているだけでも嬉しくなりました。地震のあと、珠洲までは二度ほど出向く機会が有りましたが、輪島には初めてでした。穴水から外浦に山越えして入る道の脇に見える川は、震災の後の大雨で氾濫した河原田川で、崩れた谷の斜面には倒れた樹木が散在し、車窓から見える川の流れは濁って泥水のままでした。地震のあと一年以上の時間が過ぎて、バスが走る道沿いでは倒壊した家屋の多くが整理されたようですが、まだ屋根をブルーシートで覆ったままの家が当たり前に残っているのは、どこかで時間が止まってしまっている気がします。津波を被った内浦のようなことはなくても、初めて震災後の町を見る者の眼に、残された町の風景は歪んで見えました。バスが走る道路沿いに立つ電柱はどれも傾き、道路標識はところどころ折れ曲がり、建物の周囲の草叢には廃材が残され、梅雨入り前の緑濃く明るく心地よい風の中にバスを降りても、ここに自分がちゃんと立っているのか心配になります。この日、バスが外浦の海岸線を走る日程は組めなかったようですが、見慣れた海が遠くに引いて磯が白く隆起した話を聞きました。能登の海を見て育った多くの人たちが能登を離れて暮らしています。昭和の時代には沢山の卒業生を送り出した幾つもの高校が廃校になり、今も地元の就職先が限られていて、子供の頃に遊んだ海が大きく変貌したことに驚く声を身近に聞いているのです。でも、時間が止まっているわけではなく、能登を離れることに決めた人もいれば、能登で暮らし続けることに決めた人もいます。輪島の朝市はショッピングセンターの中に復活し、飲食店も再開して工事の業者には便利になったようです。今回はバスの日程変更が重なって満席でしたが、残ることを決めた地元のシェフたちが共同で出店したレストランも人気だそうで、復興の足場が確実に築かれていることも実感しました。七尾から穴水までの路線を走る能登鉄道の語り部列車では、震災発生時に乗車していた乗務員からリアルな話を聞かせてもらい、沿線の特産品を教わりながら廃線の危機を乗り越えようと頑張る人たちの応援にもなれば、このバスツアーに参加する意味があったと考えています。この先もまた自分なりに機会を作り、何か能登の支援になることを考えてみたいと思っています。
