スモールトーク
3.11東日本大震災
この度の東北地方太平洋沖地震・東北関東大震災の被災者の皆様に謹んでお見舞い申し上げます。この大災害から早期に復興することを願うとともに、小さなことでも何か役立つことがあれば支援し行動に移したいと考えています。かつてローカル線を乗り継ぎ撮影旅行で歩いた、宮古、久慈、大間、今思えば自分にとって節目となる夏の海と沿岸の風景でした。
三月下旬の日曜日の朝に起こった能登半島沖地震からもう4年が経過し、震源から離れた私たちの土地ではかなり長くしかし僅かの揺れを感じる程度で、これほど大きな被害を想像することはできませんでした。義兄が仙台に出張で連絡が取れなくなったという自宅からの不安な電話を受け、それでも空港が津波に呑まれるということの意味を理解するだけの想像力は持ち合わせていなかったのです。しかし、報道される映像を見て怖くなったのは、「これは全てではない」と考えてからのことです。能登半島沖地震で報道された第一報は少し離れた富山県からの状況で、本当に被害の大きな地域ではかなりの時間が経つまで映像どころか被害状況を把握することすらできなかったようです。その日はシーズン前の休日ということで艇庫から舟を出す計画が組まれていたこともあり、事態の深刻さを知らないまま多くのメンバーが渚の近くに建つ海洋センターに集まって来たのです。後になれば大変に危険な行動をとっていたことが分かるのですが、甘かったのは何も考えずに第一報を中心的情報だと信じてしまったことです。知らされないことの方が遥かに多いということをこの時に学びました。事実、今回の震災でも報道を通して知ることができたのは報道の足が届いたところだけでした。想像力の予知範囲を限定した原子力発電所の危機は別として、私たちが語り継ぐべき多くのことがこれから明らかにされると思われます。それが私たちの力にもなると考えます。
2011年4月8日